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ロミオとジュリエット 71★ 最終回

                    登場人物プロフィールはこちら

                    主人公東郷の邸宅  


私はスピード違反の罰金支払い証明を添付して、再度帰化申請書を提出した。
結からは、戸籍謄本が送られて来た。結が、日本にいらっしゃるご両親に頼んで送っていただいたものだ。
それを私がドイツ語訳する。婚姻届けに必要な書類だ。

数週間後、国籍取得許可の正式通知が私に送られて来た。
スピード違反罰金支払い証明書も、無事受理されたようだ。
誓約と忠誠の宣言、および憲法への忠誠とあらゆる過激主義を拒絶する、に関し署名すれば、私は日本国籍を離れ、ドイツ国籍になる。

独り居間で、署名する時、ふいに涙が出た。
日本国籍を離れる。
日本人でなくなる…。
ブラオミュンヘンの選手や職員たちは私を今まで以上に、仲間だと認めてくれるだろう。
でも、これまで持っていた心のよりどころを失う、激しい寂しさが私を襲った。

陽が弱くなり、冬が近い部屋で、私はペンで名前をしたためた。

Satoru Togo

「旦那様、コーヒーを入れましょうか?旦那様のお好きなダークチェリーのケーキを買って参りました。」

いつの間にか、買い物に行っていたはずのジップが帰って来ていた。

「お願いするよ。」

「はい。」



「ジップ、私は帰化することにした。ドイツ国籍になる。」

「そうですか。」

「驚かない?」

「ええ。私は、国籍にこだわりはないです。私もタイ国籍でドイツに住んでいますが、地球市民みたいな考えです。」

「地球市民?それはいいね。」ジップの意外な反応に、私は感心した。

「旦那様、私が初めてお会いした時を覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、もちろんだよ。」

私は、ジップと市役所の住民登録課で初めて会った。
10年近く前のことだ。
片言のドイツ語を話す、アジア系の女性が、市役所の窓口で職員ともめていた。

「2か月を超えて、住民登録がなければ、私は語学学校の勉学を断ち切られてしまいます。語学コースを修了しなければ職にもありつけません。国に帰らねばならなくなります。」

「とにかく、君に住民登録カードは出せない。不法就労を否定する根拠がない。」

「タイのパスポートも、住民登録カード書類も記入してきました。不法就労ではありません。」

「そう言って、学生と偽って入国して来て行方不明になり、不法就労する奴が後を絶たないんだよ、さあ帰った、帰った! 帰らなきゃ、強制送還になるぞ。」

市役所職員は、彼女が提出した申請書とパスポートを突き返した。
それらが、勢い余って市役所の冷たい石の床にぶちまけられた。

「学生さんが、困っているじゃありませんか。」私は、彼女の大事な書類を拾った。

「おお、これは、東郷監督。不法労働者の典型的な手口なんです。」

職員は調べもせず、彼女を頭から違法だと決めつけている。ハラスメント以外何ものでもない。

「監督、あなたはこの街の名誉市民だが、これはこの方と我々行政の問題です。干渉はご遠慮いただきたい。」

「ジップは不法労働者ではありません。私の家のハウスキーパーです。」

住民登録カード書類の冒頭に書いてあった名前を、申し訳ないがとっさに読ませてもらった。

「え、そうなんですか?監督。」

「そうです。今日からですが。」

ジップがあんぐりとした顔で私を見ていた。

それ以来、彼女は私の家のお手伝いになった。

「ジップ、私はドイツ国籍になり、結と結婚するよ。」

「そうですか…。おめでとうございます。良かったですね、監督。」

国籍離脱と言うことで、国民名誉杯は返上した。
おそらく日本政府とメディア、ワイドショーは大騒ぎだろう。
そして、私に電話がかかって来た。

「在独領事館2等書記官の五代です。」

私の携帯からは、固い声が響いている。

「監督、日本国籍を離れるのは本当ですか?」

「本当です。」

「それほどまでに、あの方が大事ですか?」

結のことを言っている。

「大事です。かけがえがないほどに」

「道ノ瀬さんは、幸せな方ですね。」

「私が幸せなのです。結のような人物に会えて。」

「すべてを投げ捨ててでも、添い遂げたいと言うことでしょうか。」

「そうです。」

五代は押し黙った。

「五代さん、あなたとも一時期、御縁があったのに申し訳ないことをしました。ひらにお許しいただきたい。」

「いいえ、良いのです。私はすべてを投げ捨てる勇気はありません。監督、あなたも、政府の側に立っていればこれからもあらゆる望みが叶ったはず。勝負の世界に生きるあなたならもっと野心的に生きたいと思われないのですか。」

「あなたにも、新たな御縁があることを切に願っております。」

「監督…。」

五代とはそれきり電話を切った。
五代は、骨の髄まで官僚なのだ。官僚組織の中に生きている。
愛だの恋だの言う前に、トップが黒と言っているモノを白とは言えない。

私はパリの宝石店に電話をした。
結との結婚指輪を作った店だ。
結の指輪を同じデザインで作り直してもらうためだ。
このデザインは結が好んで選んだので変えたくない。
私の指輪もクリーニングに出すことにした。

結と相談して、婚姻届けを出す日にちを決めた。

「結は、いつこっちに来れる?」

「11月18日かな。前日までパリで公演があるから。」

「では、11月18日夕方に婚姻届けを出そう。市役所に提出時間を予約しておくよ。」ドイツでは予約して提出するのだ。

「うわっ―ドキドキする。」結が電話の向こうで言った。

「パリまで迎えに行くよ。」

「わーい!でも、東郷さん今回は早く会いたいから飛行機で行く。迎えに来るのはフランクフルト空港にして。」

「そうか、わかった。航空券を買うから、オンラインで確認して。」

「ありがとう!」

結を迎えに行く11月18日の前夜には、試合があった。
よりによって、相手チームの選手とうちの選手が試合中衝突するアクシデントが起きた。相手チームの選手に怪我人が出たことで、選手同士胸倉を掴むひと悶着あった。
朝方ブラオミュンヘン事務所に電話がかかって来て、相手方の監督と選手代理人、ブラオミュンヘンの監督である私と弁護士を立ち会わせて、昨日のアクシデント検証と言うことになってしまった。

結になんて言おう。
結は、もうパリの空港に向かっているはずだ。
携帯に電話をかけたが、つながらない。
もう搭乗ゲートをくぐったのかもしれない。
結は、午前中のうちにフランクフルト空港についてしまう。
私ももう出発しないと結を出迎えられない。

車で私は、昨夜ブラオミュンヘンの試合のあったスタジアムに向かわねばならない。
その時、庭に一台の小型トラックがあるのが見えた。
実は、あれもうちの車だ。
庭師のパウルが使っている。

「パウル!」

私は2階の窓を開けて、庭にいるパウルに呼びかけた。
そのまま、階段を駆け下りて行って、パウルの元に行った。

「申し訳ないが、今から、フランクフルト空港に行ってくれないか。私のパートナーの結が来ている。うちへ連れて来て欲しい。」

「ええ?この車で?」

パウルは、雑木を積んだ泥汚れた車を見た。

「ちょっとまずいか…。じゃあ、私のベンツに乗って行ってくれ。」ジップが乗っている車もあるが、ジップは朝市に出かけていて、今ない。

「はあ…。でも監督はどうされるのです?」

「私が、このトラックに乗って行く。」

怒り心頭の相手チーム監督の前に、泥のついたトラックで乗り付けた私は、失笑の対象となった。
いや、そんなことはどうでもいい。
ブラオミュンヘンの優秀な弁護士が、大事にせず収めてくれてほっとした。

やれやれと家に戻ると、結がパリから引っ越して来た。
結は、パウルが運転する車が止まると、助手席からパッと飛び降りて来た。

「東郷さん!」

「結!」

結が飛びついて来た。
白いセーターにぶかぶかのオーバーオールを着ていてなんだか可愛い。
裾を折って、足首を出して白いスニーカーを履いている。

結は、パリからフランクフルトまで荷物と共に飛行機でやって来た。
フライト時間はわずか1時間半だが、フランクフルトからうちまで車で3時間弱かかる。
結の荷物、中型トランク2つを車のトランクから降ろしてやる。

「今日からは、ここが僕の家…。」

そう言って、結は私の胴にしがみついた。

結は、パリバレエ団所属ダンサーである。公演中とリハーサル時はパリに住むので、パリのアパルトマンにまた帰る。だから、部屋もそのまま保持している。
しかし、その他は私のドイツの住まいで一緒に暮らすことになったのだ。

さて、私たちはこれから市役所に行って婚姻届けを出さねばならない。

「その格好で行くのか?」結は、オーバーオールのまま私のベンツに乗り込もうとしている。

「だめなの?」

「いや、いい。似合っているよ。」

中学生みたいじゃないかと思ったが、まあいいか。
戸籍謄本には、1995年生まれの結の生年月日が書かれている。結は中学生ではない。
26歳の青年だ。年が明ければ27歳だ。
ただ、有名バレエダンサーなのでもっとしゃれ込むのかと思ったが、結は案外素朴だ。

私たちは市役所に向かった。
運転しながら、助手席の結の手を握り話かけた。

「ドイツでは、市役所で婚姻届けを出したら短い”誓いの言葉”を言うんだ。それを私が言うから、結は”誓います。”と言ってくれるかい?」

「いいよ。まかせといて!」自信満々な結がはオーバーオールの胸をポンと叩いた。

石造りの尖ったゴシック建築の市役所が見えてきた。
車を停め、中に入る。
婚姻届けの窓口には既に3組が並んでいて、私たちも並んで順番を待った。
並んでいたカップル3組が私たちに気付き、驚いていた。

「あとで、ご一緒にお写真を撮ってもよろしいですか。」

すぐ前にいた、ジーパンの花嫁が私たちに言った。

「どうぞ。」私は答えた。

結が、私を見上げ、次に前のカップルに向かって微笑んだ。
私たちの順番が来て、私が訳した結の戸籍謄本や、私の出生証明書、ふたりのパスポートなどを提出した。

「では誓いの言葉を。」市役所の職員が言った。教会ではないので人前式なのだ。

私は、あらかじめ用意しておいた誓いの言葉をドイツ語で言った。結が不可解な顔をした。

「なんて言ったの?」結が言った。

「結は、誓いますって言って。フランス語でも英語でも日本語でも良いよ。」

「…誓います。」結が不審げに日本語で言った。

私がジャケットの内ポケットから指輪の入った箱を取り出した。
私が開けると、結が目を見開いた。

「ごめん、東郷さん、作り直してくれたの?僕は指輪をセーヌ川に…。」

シーッと、私は指を唇に当てた。
私は、結の薬指に新しく出来た指輪をはめた。
結も、指輪を取って私にはめてくれた。
その手で、婚姻証明書にサインをした。

 

私たちは正式に結婚した。
カップル3組と私たちは、立ち上がったフロアの市役所職員たちに盛大に拍手を贈られた。
結は舞台で、私は試合で拍手されることには慣れている。
しかし、今日の拍手は格別だった。
結も頬が紅潮しているのが分かる。

その夜は、ジップもパウルも帰った後に、結とふたりだけで夕食を取った。
ジップが朝市で買いそろえてくれた食材で、ひれステーキと、サラダ、スープを作った。パンは町のパン屋の雑穀パンだ。赤ワインと結の好きなオレンジジュースで乾杯した。ジップが選んでくれた肉は上質だったが、いつもと変わりない食卓。
ひれステーキを3匹の猫が狙っている。
結は、最近は公演で観客を100%入れられることや、パリの紅葉がもう終わりに近づいていることなど、日常を闊達に話してくれた。
私は、それを嬉しくて聞いていた。

結婚式会場は市役所な上、パンデミック禍で披露宴もない。
私は、小さなウェディングケーキを注文しておいた。
結の好きな苺のケーキだ。



ドイツの苺栽培はほとんど露地ものなので、今の時期はない。この苺はスペイン産だ。
結の手を取って、ふたりで小さなナイフを入れた。

「末永くよろしく、結…。」

「信じられない、本当に…結婚したんだね、僕たち…。」結はそう言って微笑み、涙ぐんだ。

結と出逢った3年前のパーティー夜から、愛し合っても引き裂かれて来たこれまでが脳裏に駆け巡っていた。
もう、結とは結ばれない、そう覚悟したこともあった。
その度、結が若い情熱と行動力で超えられないと思った壁を乗り越えて来た。
結は、私にとってかけがえがないのだ。

結とベッドに入るのは、これまでも何度もあったが、今夜は特別な気がする。
私たちは、晴れて夫夫(ふうふ)になるのだ。
何度も交わす口づけは、神聖な感じさえした。
結の白い肌をさすると、結も私に触れて来る。
結の長い手足が私にからみついて来る。
結の全身を愛し、キスした後、脚を広げた。前に触れ、細身のものを愛していくうちに結の呼吸が早くなる。
もう一方の手で、後ろを探る。

「いやっ」

傷つけてはいけないし、入口を確認しながら襞を開きながらゆっくりと中に指を入れた。

「あ…ああっ」

入り口から4〜5cmほど入った所に、栗の実くらいの形がある。前への刺激と共に、それを優しくトントンと触れると、結が、ひっ!と声を上げた。
辛いのではない。
刺激が強すぎるのだろう。
すこし膨らんで来た。結の様子を見ながら、もう少し奥に指を入れると、眉間にしわを寄せて小さくうめいた。
いったん抜いて、手のひらを上にしてより奥の方に指を入れる、結は身じろいだ。
根気よく中を愛してやると、結はシーツをぎゅっと掴んだ。
気持ちいいところに当たったり、私が撫でるような触れ方に変えると、結はびくっと体を痙攣させた。

「綺麗だよ、結…。」

白い肌を紅潮させる結を見つつ、本心を口にした。
結を仰向けにしたまま、脚をさらに大きく開き私の腰に巻きつかせた。
ダンサーらしい筋肉に覆われているが、結は体が驚くほど柔らかい。
結の入口を指で広げ、私はゆっくりと襞口に挿入した。それだけでもうとろけそうになる。

「あっううああっ!」

中の壁に当たるまで挿入し、小さく突き、更に奥が開くのを待つ。

「ちょっと苦しい。」

圧倒的な質量に結が、声をあげた。

「大丈夫、少し待つから…。息を吐いて、そう力を抜いて…。」

そう言うと、緊張していた結の中が次第に柔らかくなって来る。

「いいかい、結、動くよ。」

「ああんっ!」

突き動かし始めると、結が上に逃げようとする。
肩を掴んで、ググっと差し込む。

「いやっいやっああああああ!」

結の中がぎゅーっと熱くなった。
締まる感覚が増した。
そのあとに、結の入り口部分が私の鼓動のようなドクドクとしたリズムに呼応して収縮をした。
何回、繰り返しただろうか。
一瞬のようで、永遠のような気もする。
結の上に、私はバタリと崩れ落ちた。
結も、頂点を迎えたのだろう。前の様子だけでなく、私を包みこむ後ろの入り口が収縮している。
結は、朦朧としている。
自分の意思が飛んだ状態でも、体の外も中も振るわせて答えてくれた。

結の隣りでベッドに横たわり、私は結を抱き寄せ肩口に頭を載せさせた。
しばらく、髪を撫でていた。
このまま眠るのかと思っていた結が、言った。

「ねえ、東郷さん…。」

「ん?」

「市役所で言った…、ドイツ語なんて言っていたの?何だかわからないのに、誓いますって言っちゃったけれど…。」

「こう言ったんだ。」私は結の髪を再び撫でて一呼吸おいて、言った。


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私たちは誓います。

本日、ここにいらっしゃる皆様の前でうそ偽りのない結婚の誓いを述べます。

これからは私たちは、力をあわせて苦難を乗り越え、喜びを分かち合います。

病めるときも健やかなる時も、命のある限り真心を尽くします。

死がふたりを分かつまで…。


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        『ロミオとジュリエット』END



お読みくださる皆さま、東郷と結を応援していただきありがとうございました。 仕事が忙しかったとは言え、フーゴの遅筆にお付き合いくださり本当に感謝です。寒い季節を迎えますので皆さまご自愛ください。


2022/08/29 19:55の拍手様 >完結おめでとう御座います。ありがとうございます。お読みくださり深く感謝申し上げます。長く書いたせいか、東郷と結は今日も実際に暮らしているような気になっております。ケンカしていないと良いのですが。www

  11月17日22:32の龍樹43さま ようこそお越しくださいました。「もっと送る」沢山押してくださってありがとうございます〜。絵が沢山入っているので、ご想像の助けになるかと存じます。お楽しみくださいね。

  11月14日23:01の拍手様 すきです!のお言葉ありがとうございます。作者フーゴも嬉しいです!




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