「東郷監督、単刀直入に伺います。」
「どうぞ、」私は覚悟した。
「あの週刊誌に書いてあることは、事実ですか?」
結は、なんと両親に話したのだろう。私たちのことをどこまでご存知なのだろうか。結と話のつじつまが合わなくてもいけないと思い、私は逆に聞いた。
「結さんからは、何も?」
「結は、東郷監督のことが大好きだと話してくれました。」お母さんが言う。
「東郷監督と結は、やはり…?」
お父さんが私に聞いた。
「週刊誌に書いてあることは、うそが多いですが、結さんと私が”特別な関係”であることは事実です。」
私は、ご両親に認めた。
「監督が、ブラオミュンヘン会長のお嬢さんと婚約したと言うのは本当ですか?」
お父さんが畳み掛けて来た。
「それは、嘘です。週刊誌がでっちあげたものです。」
「お相手の女性が、懐妊中と言う話はいかがですか?」お父さんが知りたいことを的確に聞いて来る。
「有り得ません。挨拶を交わすのみの間です。」
「やはり…、そうでしたか。今日、監督に実際に伺えて良かった。」
結のお父さんは、確信したように言った。
「東郷監督、あなたや結ののプライバシーに関することで、名誉棄損にあたる記事を書かれたのなら、裁判に訴えることをお勧めします。」
「道ノ瀬さん。」
「私たちは、結の親です。でも、もしかしたら、よその親とは少し違うのかもしれません。
私たちは、結には結の望む形で幸せになって欲しいと考えております。」
「望む形?」私は結のお父さんに聞いた。
「結は、パリで世界的なバレエダンサーになり、親の私たちをはるかに凌駕して行きました。
私たちは東京におりましたから、結はパリで周囲の皆様に支えられて成長したのです。
中でも、結が精神的に大きく支えられたのは、東郷監督、あなたのようです。」
「いえ、その頃は私たちは面識はないので、私は何もしておりません。結さんがブラオミュンヘンのファンだったので、いつも見ていてくださっていたそうですが。」
「以前、結に、こう話したことがあるのです。
もしも…、結に好きな人が出来て、それがその他多くのカップルと違っていてもどうか苦しまないで欲しい。
そして、親である私たちには躊躇なく教えて欲しい、結が選んだ人なら歓迎するから。と」
結のお父さんの言葉に、静かに驚き、私は胸が熱くなった。
初めて会った結のご両親は、理知的でとても温かい。
「結さんに、会わせてください。」私は結の両親に懇願した。
「東郷さん、実は息子はオペラ座の公演を休んでいます。」
「体調を崩されているのですか?」
「結は、今、ちょっと精神状態が不安定なのです。」
「え?」
「楠本さんが、先日、病院の心療内科に連れて行きました。今も部屋で楠本さんが見てくれていますが、もともと神経の太い子ではないのです。芸術家気質と言うか…。」
「結さんに、会わせていただけますか?」
私は、もう一度お願いした。
「お会いになりますか?」
お父さんが言った。
「何か、不都合がありますか?」
「結は…、」お父さんは、いや、ご夫妻ともひどく辛そうな表情を作った。
「結は、東郷監督の婚約情報が流れ、お相手の女性が懐妊中だと聞いた時、あなたのお名前を呼んでひどく罵ったそうです。
髪をむしり、衣服を噛むなどもしたと聞いています。
大事にしていた、ブラオミュンヘンのグッズをことごとく床に投げ捨てたと、楠本さんが…。
結は、最近大きな腕時計をしているのです。結の腕にはぶかぶかの・・・。
でも、それを見た時だけは、大事そうに手に取り、頬に当て、涙を流すのです…。」
「私の、腕時計です…!」
私は叫び出しそうになった。
涙が溢れそうになり、きつく目を閉じた。
プロポーズしたあの夜、”誓いの証”にと結に贈ったスイス腕時計…。
私と結のご両親の間に、沈黙が流れた。
私の涙が引くのを、結のご両親も静かに待っている。
人々のざわめきや、皿やフォークの食器音が次第に耳に戻って来る。
ギャルソンの声、皿が運ばれて行く音が混じり合う。
ブラオミュンヘンのシュタイナー会長は、”ひとりの踊り子の情愛にとらわれ、大事なサッカーを犠牲にするのか?”と私に問うた。
私を引き上げてくれた、恩あるシュタイナー会長には大変申し訳ないが、結を見捨てるわけにはいかない。
人として、出来ない。
「私たちは、息子が心配で、東京から参りました。でも仕事があるので明日には帰らねばなりません。
今、結は薬を飲んで少し落ち着いています。
でも、薬が切れたらどうなるか。
東郷監督、あなたが思った通りの方で良かった。」
「道ノ瀬さん。」私は、結のお父さんをまっすぐに見つめた。
「あなたが、そばにいてくれたら、結は回復へ向かうでしょう。」
「東郷監督、息子に会ってください。私たちは今夜はホテルに部屋を取っています。」
お母さんも言った。
「私たちは、LGBTを理解しているつもりです。
これは、何かのお役に立つかもしれません。その時はお使いください。」
お父さんが、小さなカードを私に差し出した。
それは、道ノ瀬夫妻連名の名刺だった。
道ノ瀬弁護士事務所
弁護士 道ノ瀬 茂
弁護士 道ノ瀬京子
結のパパママが出て来ました。今後もこの両親は関わってきます。
お話を書く私は最近、東郷と結がこの世のどこかで実際に生きているかのような気がしています。
12月7日0:45の拍手様 温かいご感想ありがとうございます。しっかり拝読いたしました。
12月7日2:23の拍手様 ご感想&激励ありがとうございます。そうですね、拍手お礼絵の結は服着ていませんね。笑
B L ♂ U N I O N
JUGEMテーマ:BL小説・SS
一時の気の迷いから生じた関係だろう。」
「会長、それは違います。」
「周囲はそう、とらえない。」
「会長。」私は反論する言葉を必死に探した。
「意を決して、ダンサーとは別れたまえ。断ることは許さない。」
しばらくして、ドイツと日本の週刊誌各紙に、シュタイナー氏の令嬢ローラさんと私のことが載った。
日本の週刊Bezも、もちろん写真入りで載せている。
わざとらしく、掲載誌だからと、日本からわざわざ、私に送り付けて来る。
”バイセクシャル疑惑の、東郷監督に今度は新しい女性婚約者”
”バレエダンサー道ノ瀬結と破局後、急接近したのは”ブラオミュンヘン会長令嬢!”
破局…。
全く勝手なことを書く。私は雑誌の束をゴミ箱へ投げ捨てた。
こうやって、本当に壊されて行く関係があまたあるのではないか。
おかげで、私はすっかり色恋沙汰の多い著名人となってしまった。
ローラ嬢には会ったのは、ずっと以前のサッカークラブのパーティでのみだ。
それ以後会ったこともないし、婚約した覚えもない。
1回だけローラ嬢に会った時の、写真まで載せている。
パーティ会場で何人かで撮ったものだが、私とローラ嬢のツーショットのようにわざわざ合成してある。ピンクのドレスを着たローラ嬢が写っている。正直、彼女がピンクのドレスを着ていたことを、今知った。そのくらいしか記憶にない。
結が、見ているといけないと思い、電話をすることにした。
リハ、舞台のある昼から夜10時半までは、結は電話に出ない。
夜になって、私は結に電話した。
舞台が終わって、自宅にいると思われる夜11時頃だった。
「東郷さん…。」結の声が細い。
「結。」
「…こんばんは。」
「今、帰って来たのか?」
「…、」
「結?」
「東郷さん…こっ婚約したの?」
「いや、していない。週刊誌が勝手に書いている。」
「ブラオミュンヘン会長令嬢と婚約、って書いてある…。2人で写真載っているね。」
「違うんだ、結!」
「僕を抱きながら、あの女の人も愛していたの?」
「待ってくれ、結!違うんだ!!」
「ある人が、言っていたよ。その、ご令嬢がすでに”おめでた”だって…。」
全身から、血の気が引いた。
「なんだって?!ありえない。令嬢とはそんな関係ではない!」
「東郷さん、お父さんになるんだね…。うれしい?…。
ごめん、僕には、それだけは、かなえてあげられない…。」
「結?!、本当に違うんだ!信じてくれ!」
私はスマートフォンを握りながら、ひざまずきそうだった。
「…僕、…死にたい…。」
「結!?」
ブツッと、電話が切れた。
待て!、結!ちょっと待ってくれ!!
電話を掛け直したが、電源を切られていた。
私は、震える手で、楠本氏の携帯ナンバーを探し出し、かけた。
「申し訳ありませんが、結の様子を見て来てください!」
「え?もう11時過ぎですよ。」
「いいから、早く!!」
「どうしたんですか?」
「死にたいと言ったんだ!!」
「何ですって!?」
「頼むから!!お願いだ!!」
「何かあったら、東郷監督、あなたのせいですよ!もう、二度と道ノ瀬に近づかないでください!」
楠本氏の電話も切れた。
すぐにでもパリに走りたかった。しかし、明日は試合がある。
あれから、結や楠本氏に何度も電話をかけた。
しかし、一度も出ない。完全シャットアウトされている。
著名人の結に何かあれば、ニュースになる。しかしその情報もなかった。
一方、私が出した監督辞任願いは受理されず、私はまだ、フライブルクから一歩も出ることも許されなかった。 それ所か、監督としての仕事が山積みだった。
戦略シュミレーションをパソコンの中で整理する。
監督を辞めるとなったら、次の監督になる人間へ引き継ぐことは山ほどある。
仕事しながら、ほとんど手に付かない。
結が言っていた、ブラオミュンヘン会長の令嬢、ローラ嬢がおめでただと?
どっからそんな話が湧いて出て来たのだ。
もし事実だとしても、父親はもちろん私ではない。
地獄のような日が1週間過ぎて、ようやく私のスマホが鳴った。
楠本氏だ。飛びつくように電話を取った。
「はい、東郷です!」
「監督。」
「もう、ご連絡することもないかと思ったのですが、お知らせしたいことがありましてお電話いたしました。」
「何か、あったのですか!?」
「道ノ瀬の両親が、東京から来ています。東郷監督にお会いしたいと申しますのでご連絡いたしました。」
「結のご両親?」
「パリに、お越しになれますか?」
「わかりました。向かいます。」
「なぜ…、道ノ瀬はあなたなんかを選んだのでしょうねえ…。
年も違うし、何より男性のあなたを…。」
「楠本さん…。」楠本氏の言葉が、私の胸に、体じゅうに、深く突き刺さって行く。全身から見えない血が噴き出て止まらない。
「東郷監督、あなたは道ノ瀬の演目を実際に見たことがありますか?
道ノ瀬の才能を知っていると言えるのですか?!」
「いや…。」
「私は、道ノ瀬結(みちのせゆう)を12歳の時から知っています。道ノ瀬がまだ日本にいた時から、私はパリバレエ団のスカウト係として、彼に会っていました。
道ノ瀬結は、欧州の複数の有名バレエ団が招致したい天才少年でした。
道ノ瀬の両親は、なかなか結を離したがらず、ようやく許可したのが17歳の時。
結は、17歳でパリに来た時、その圧巻の演技で世間をあっと言わせたのです。
演目は、『ロミオとジュリエット』でした。
愛らしい顔立ちと、日本人離れしたスタイルの良さ。
舞台に登場しただけで、物話から飛び出して来た王子のような気品あふれる雰囲気にに観客は目を奪われたのです。
実際よりも大きく見える、伸びのびとした手足の美しさ、驚くほどの跳躍力…。
喜び、怒り、悲しみ、涙を表現力豊かに演じる道ノ瀬結は、“美しすぎるロミオ”として、その時から世界のバレエ界に永遠に刻印されたのです。
官能的な演技とは裏腹に、道ノ瀬本人は、至極まじめでガールフレンドも作らず、恋愛も知らず…ただひたすらバレエに打ち込んで来たのです。
道ノ瀬は、あなたに熱烈に憧れていましたが…。東郷監督、あなたに会ったがゆえにこんな仕打ちを受けるとは、何の因果なのか教えて欲しいです!」
「なんとお詫びしてよいか…、言葉が見つかりません…。」私は、取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
「道ノ瀬の両親は、何を話すつもりなんでしょうねぇ。道ノ瀬結をもてあそんだ挙句、
捨て、会長令嬢とお子さんまで作ったあなたに!」
「待ってください!結もそのことを言っていたが、いったい何のことか…。」
「ご自分のしたことに責任が取れないんですか!」楠本氏の電話はそこで、ブツっと切れた。
さーてどうするよ東郷。次回、結の両親が乗り込んで来て、修羅場?
よろしければ拍手お願いします〜。
B L ♂ U N I O N
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”道ノ瀬結、初熱愛報道、相手はなんと男性か!?”こんな記事書かれたら、スポンサー企業は黙っていませんよ!」
結は、固まった。
「…、」結は無言だった。結が硬直したのが目に見えるようだ。
「道ノ瀬さん?…、この写真ご覧ください。この写真の日付10月22日早朝、場所はドイツフライブルク駅近くとあります。
ブラオミュンヘン戦で、ゲストとして道ノ瀬さんがフライブルクにいらした時ですね。
車中で抱き合う、大柄な男性のシルエット、これ…もしかして…、東郷監督ですか?」
結は、楠本さんの問いに沈黙している。
「東郷監督と、朝までご一緒だったのですか?
道ノ瀬さん、試合後の東郷監督との対談後、あなたは監督と食事しただけで別れたと仰いましたね。
その晩、ホテルにおひとりで泊まられたのですか?
私が、予約したホテルには現れなかったのではないですか?」
それも、結は否定しなかった。
玄関では、楠本が道ノ瀬結をじっと見ていた。
楠本が、玄関先の床に視線を落とす。
視線の先には、革靴がある。 そして、ゆっくりと、道ノ瀬に視線を戻す。
「その革靴、道ノ瀬さん、あなたのではありませんね。私は、マネジャーなのであなたの靴のサイズは良く存じています。」
「…。」
「道ノ瀬さん、私に、何か隠しごとをしていらっしゃいますね?」
「楠本さん、僕はこの週刊誌の件に関し、…シラを切りとおします。楠本さんも、あの日、僕が東郷監督と出かけたことは、誰にも言わないでください。絶対に。」
道ノ瀬は、バスローブの襟を合わせ、首元を隠すように手で掴んだ。
「そんなことではすみませんよ。もうネットを通じて世界中に回り、日本では週刊Bez誌に掲載されてます。」
「…僕が…、誘ったんです。東郷さんのファンだったから!」
結の声は、苦しげだった。
「道ノ瀬さん、あなたは10社ものスポンサーが付いているのですよ。契約を違えた、と言うことですか!?」
「結は、私をかばっているのだ。」
私は、寝室から出てリビングの入口で言った。廊下に続き、結たちがいる玄関が見える。
「東郷監督っ!?」楠本氏は、私の姿を見て仰天した。
「東郷さん!」結も驚いている。
結は素肌にガウンと言うしどけない姿、私はスラックスにシャツの前がはだけると言う、
情事の後だと言うのがバレバレだ。
「楠本さん。大変申し訳ないが、私と結はお察しの通りの関係です。今回記事に書かれてしまったのは、私が週刊Bez誌の諸橋記者を怒らせたことがすべての発端だ。すべては私の責任です。」
「いいえ、東郷さん!」結が口をはさむ。
「おふたりとも、これはただではすみませんよ!」
「楠本さん、週刊Bez誌は結のスキャンダルをでっち上げるような雑誌です。そんな連中に、大事な”道ノ瀬結”を食い物にされていいのですか?」
「しかし!」
「楠本さん、あなたも結のマネジャーなら、結を守ってください。
結は、親元を離れパリで過酷な練習に耐え、世界的なバレエダンサーになったのですよ。
私はその頃、もちろん結を知るよしもなかったが、結はこの私を支えにしてくれた。
これからは、私が結を支えるのです。
私に考えがあります。楠本さん、あなたも、私たちの関係を知った以上、協力していただきます。」
「東郷監督…。」
ばれてしまいました。東郷と結…。
2人の恋の行方に乞うご期待!
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